多くの例えがあるのですが、一つとして、私は日本の農村に言及したいと思います。人体の免疫を作る機能は農村にあたります。そこで行われる川や水や畑の肥やし方等の管理で、食の質が決められ、国民の胃袋に入るのです。
身土不二の言葉も、昔から日本にあります。その土地の食べ物をとることが身体に良いものだと言われました。寒くて野菜や果物がとれない北極のエスキモーは、魚やオットセイの肉でビタミンCの代替になるといいます。
その理由はオットセイが海草を食べるからエスキモーもビタミンCの野菜を採ったことになるのだろうと言われています。
ビタミンCがないと壊血病になるのですが、長い歴史の中で自然の淘汰が行われ、人種の適応力も付いたのでしょう。この様に身近なもので生命は成り立つのかも知れません。
近隣で自給できなければ、前述した交通渋滞も、地球規模の二酸化炭素の排出も少なくできるでしょう。二酸化炭素の増加やフロンガスによるオゾン層の破壊は、気候のバランスを崩して氷が溶けて海面が上がり、低陸地は埋没するとして、心配されています。
何よりも大切なことは、自給思想は農村の自然や生産地を心を込めて手入れする環境を作ることになるでしょう。
食ばかりでなく、もっと進むと生活一般の必需品の自給もできる都市作りが浮かび上がってきます。その意味では地方でもあまり住民が少なくても良くなく、過疎地でも30万人は人口として保持したいものです。
こうして論を進めて行くと、日本は価格破壊の名のもとに、大量の消費物質を海外から調達することが良いことだろうかと疑問が浮かびます。
大量の化石エネルギーが消費され、食物が買われます。お金で民族の命が左右され、その国の多様な自給技術を失わせます。消費物質の食料で見る時、長年日本の農村などは、踏んだり蹴ったり政治屋の道具にされ、S45〜55年にかけて壊滅的打撃を受け崩壊しました。
それまで免疫度を高める食品の生産とか、無数の蛍が身体にぶつかってくる自然環境があることは当然でしたが、今では消滅してしまいました。
一度消滅すると、自然はなかなか再現してくれません。免疫力のある食品を食べている人は、各種の病気に強いのです。免疫の調整力もつくのです。最近多発の病気はそうした食品による所が原因なのです。
仮に夢の薬品ができ、病院で使われ、患者を治しても家庭生活に入ると再発するでしょう。良い食物がないからです。農村はそのようにいわば病人の退院後の再発を防止する健康基地だったのですね。
農村の崩壊は後継者の流出や農家のやる気をなくさせました。垂れ流し農政の表面上の施政では本質は守れません。人手をなくし、大型化ばかりでは質と心が伴わないのです。
日本農政の最大の欠点であり、時の首相や国会議員は自ら自分やお孫さん達の食卓の免疫力を低下させた免疫破壊議員と言えましょう。そしてじわっと忍び込ませた農村不要思想の戦略を提示した官僚もふるさとを足蹴にした非情人間であり、心のない金の崇拝人間だったと反省すべきでしょう。
昔、コメのご飯を食べると頭が悪くなるから、パンを食べなさいとする米国の宣伝で日本人は踊らされましたがそんな野蛮な思想がいまだくすぶっているのではないかと思います。農政や政治は良い仕事をしたのではないのです。歴史を傷つけ、農村を不健康基地にしたのです。
そして今、自分達にその付けが回ってきているのです。又、消費者もご主人の給料はそれなりに値上げされているのに、大切な免疫向上食品である農産物は一円でも安くすべきだと金切り声を上げる。そんな人のために良質な免疫向上食品が農村から生み出されるでしょうか。
お互いの立場を思いやり合う人に素晴らしい食品が提供されていくのが自然の理だと思います。芽生えた作物の若芽を慈しみながら、雨や嵐そして虫や病気から守って、一年かかって(中には短いものもあるが)実らせます。これはオッパイのでない母親が、子供に来る日も来る日もミルクを買ってきて溶かして温めて量を決めて何回も含ませ、オシメも取り替えるのと同じなのですよ。
農民は激しい大自然の試練と人間社会の中で生きてきました。今では形骸化された若者の少ない農村が辛うじて生きています。(もちろんごく一部では元気な所もあります)もう一度、人体からみた免疫向上機能としての農村を再生させねばなりません。
このままでは厚生省の予算は病人を増すため益々増えていくでしょう。そうした意味でも厚生省は農村に食卓をどうしたら病気予防になるかを、農水省など関係者と一緒になって知恵を盛り込まなければならないでしょう。
各省庁の縄張り意識は不要なのです。国単位・地球単位に研究プロジェクトができても構わないのですね。
免疫復活議員氏は歴史に名前が残る仕事を次々とこなしてほしいと思います。農水省も作物の免疫度をはかるL.F.T測定器(微弱生体磁場分析器)の機能を評価していると開きます。残留農薬のある農産物かどうかは判ります。免疫をどの程度引き上げる力のある食品か判ります。大いに議論をたたかわせて良い農産物を提案して欲しいものだと期待しています。
命を救う微生物の大地
知人がメタン分解菌を活用した農法も普及していて、献上米にも指定されました。私はその菌の分泌物の抗ガン性(白血球P388)をマウスで測定しました。120と言う数値が出ました。つまり、20%もてい命した数値が出ているのです。
このような微生物のいる大地で作物をつくり、海の有効なミネラルも大地に与える時、昔ながらの免疫向上食品が農村から蘇えるでしょう。
今まで述べてきたように何が価値あるものか、本質の見分ける方法として人体投影社会学を活用してみようではありませんか。
人体の投影はこれからまだまだ進歩して、人体臓器や各種ホルモンなどが明確にし、先ほど述べたようにねむの木を測定の手助けとする手法などで自然の現象も細かく研究された時、その識見を増します。
経済体系から見てみましょう。今まで資本主義経済とか社会主義経済とかが提唱され、各国が激しく戦ってきました。旧ソ連が崩壊したから資本主義が勝ったと思っている人もいるでしょう。
しかし中国は自由な経済を取り入れ、資本主義とされる日本を始めとする各国は、社会保障費のアップ等を実施しています。昔から見ると、まさに社会・資本両主義のハイブリッド経済とみることが出来ます。
しかし、問題が起きています。バブルで象徴されたように無節操な貨幣主義の拡大です。そのためには公害もまき散らし、大志を抱かせる教育は崩壊し、経済競争主義の兵隊にならしめるように続いています。これで良いのかと言う声も何かの評価軸を打ち立てないと組織にならないのです。
そこには、調整経済学がなけれぱなりません。その時何のために経済を調整するのかが求められます。その答えは言うまでもありませんね。
人々の健康のために、地球を健康にするために、他国民も健康になるために経済の調整を考えて行こうとしなけれぱならないのです。
仮想敵国がないと国がまとまらないとするのはナンセンスです。それに代わるものとして、時(とき)に置き代わらなければならないでしょう。時は有限な時間を人類はどう生きるか、そのため出来るだけ死を遅くさせる(若さを持続させる)にはどうすべきかを中心に、自衛隊学校でも研究しなけれぱなりません。
無益な時間の過ぎることへの切なさを、地球規模で啓蒙して徐々に砲弾ではなく「時」を研究する組織に組み換えるべきでしょう。